CONCEPT

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MAHARAJA

マハラジャ (MAHARAJA) は1980年代-1990年代、日本全国に展開した高級ディスコチェーン店の総称。

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歴史

 

1982年8月: 大阪ミナミにマハラジャ1号店をオープン、北は札幌から南は九州・沖縄まで日本全国で展開。

 

1984年12月: 7店目の店舗として、『麻布十番マハラジャ』が社会的現象と呼ばれるほどの人気を博す。

 

その後最盛期には全国に数十店舗を展開。

 

1989年5月: ハワイのホノルルにも店舗をオープン。

 

2003年8月: 六本木に『マハラジャ東京』が復活オープンするも2005年1月に閉店。

 

2005年5月: 経営者が変わり『六本木キング&クイーン』として再オープンするも2010年7月に閉店。

 

2007年12月: 中洲に『マハラジャ福岡』が復活オープンするも2009年8月15日に閉店。

 

2010年11月: 『マハラジャ六本木』オープン。

 

2014年4月 『マハラジャ大阪』オープン。


マハラジャが生み出した文化。

●入店チェック

服装やスタイルなど、店側がOKした客しか店内にいれないという制度で、入れなかった人はダサイとのレッテルが貼られるという恐怖の踏絵制度がここから広がっていった。俗にチェックディスコと呼ばれるカテゴリーが確立されたのである。しかし外人モデルや芸能人はフリーパスであるという差別感が生まれ不満も出たが、今では当然と思われるようになっている。

 

●お立ち台

ダンスフロアの端の1段高い台に、女の子が上がって踊るという風習がマハラジャから発生した。これは名古屋マハラジャでパーティがあった時、ハイになった連中がフロアのスピーカーの上に乗って踊りだしたのがヒントとなって、東京マハラジャオープンの時には専用のお立ち台として登場。それが他ディスコに浸透していった。

 

●笑う黒服

それまでのディスコの従業員というのはのってる客を目尻に冷静っぽくニヒルな存在と相場は決まっていた。つっぱっていて取っ付きにくかったのである。ところがマハラジャでは階級別に色分けされた制服従業員たち(黒服が一番エライ)の愛想はいいわ笑顔で踊るわで、果ては客同士の仲を取り持ったりして、とにかくディスコがサービス産業であったことを客に思い出させてくれたのである。このかいあってか、東京マハラジャ社長の成田勝さんを頂点とした黒服は時代の寵児となり、成田さんは歌手としてレコードデビューさえ果たした。





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